上海茶 美味端麗


by adhrutjfh

秋も深く

 秋も深く成って、三吉の家ではめずらしく訪ねて来た正太を迎えた。正太は一寸上京した帰りがけに、汽車の順路を山の上の方へ取って、一夜を叔父の寓居(すまい)で送ろうとして立寄ったのであった。
 奥の部屋では客と主人の混(まざ)り合った笑声が起った。お種は台所の方へ行ったり、吾子(わがこ)の側へ行ったりして、一つ処に沈着(おちつ)いていられないほど元気づいた。
「正太や――お前は母親(おっか)さんを連れてってくれられる人かや」
「いや、今度は途中で用達(ようたし)の都合も有りますからネ――母親さんの御迎には、いずれ近いうちに嘉助をよこす積りです」
「そんなら、それで可いが、一寸お前の都合を聞いて見たのさ。何も今度に限ったことは無いで……」
 三吉を前に置いて、橋本親子はこんな言葉を換(かわ)した。漸(ようや)くお種は帰郷の日が近づいたことを知った。その喜悦(よろこび)を持って、復たお雪の方へ行った。
 三吉と正太とは久し振で話した。この二人が木曾以来一度一緒に成ったのは、達雄の家出をしたという後であった。顔を合せる度に、二人は種々(さまざま)な感に打たれた。でも、正太は元気で、父の失敗を双肩に荷(にな)おうとする程の意気込を見せていた。
「正太さん。姉さんも余程沈着(おちつ)いて来ましたろう。僕の家へ来たばかりの時分はどうも未だ調子が本当で無かった――僕が姉さんに、郷里(くに)へ帰ったら草鞋(わらじ)でも穿(は)いて、薬を売りに御出掛なさいなんて、そんな串談(じょうだん)を言ってるところです」
「そういう気分に成れると可(い)いんですけれど……然(しか)し、最早連れて帰っても大丈夫でしょう。母親さんが家へ行って見たら、定めし驚くことでしょうナア。なにしろ、私も手の着けようが有りませんから、一切を挙げ皆さんに宜敷(よろしく)頼む、持って行きたい物は持っておいでなさい――何もかもそこへ投出して了ったんです」
「その決心は容易でなかったろうネ」
「ところが、叔父さん、その為に漸く家の整理がつきました。そりゃあもう、襖(ふすま)に張ってある短(たん)冊まで引剥(ひっぺ)がして了ったんですからネ……そういう中でも、豊世の物だけは、一品だって私が手を触れさせやしません……まあ、母親さんが居なくて、反(かえ)って好かった。あれで母親さんが居ようものなら、それほどの決断には出られなかったかも知れません。田舎はそこへ行くと難有(ありがた)いもので、橋本の家の形も崩さずに遣って行かれる。薬は依然として売れてる――最早嘉助の時代でも有りませんから、店の方は若い者に任せましてネ、私は私で東京の方へ出ようと思っています。これからは私の奮発一つです」
「へえ、正太さんも東京の方へ……実は僕も今の仕事を持って、ここを引揚げる積りなんですが……」
「私の方が多分叔父さんよりは先へ出ることに成りましょう」
「随分僕も長いこと田舎で暮しました」
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by adhrutjfh | 2006-03-04 13:22