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上海茶 美味端麗


by adhrutjfh

懐かしい

「お仙はどうしたかいナア」と不幸な娘のことまで委(くわ)しく聞きたがる母親を残して置いて、翌日(あくるひ)正太は叔父の許を発(た)って行った。
 そろそろお種も夫の居ない家の方へ帰る仕度を始めた。達雄が残して行った部屋――着物――寝床――お種の想像に上るものは、そういう可恐(おそろ)しいような、可懐(なつか)しいようなものばかりで有った。
「三吉さん――私もネ、今度は豊世の生家(さと)へ寄って行く積りですよ。寺島の母親さんにも御目に掛って、よく御話したら、必(きっ)と私の心地(こころもち)を汲(く)んで下さるだろうと思いますよ」
 隣室に仕事をしている弟の方へ話し掛けながら、お種は自分の行李を取出した。彼女はお雪と夏物の交換などをした。
 やがて迎の嘉助が郷里(くに)の方から出て来た。この大番頭も、急に年をとったように見えた。植物の好きなお種は、弟がある牧場の方から採って来たという谷の百合、それから城跡で見つけた黄な花の咲く野菊の根などを記念に携えて、弟の家族に別れを告げた。お種は自分の家を見るに堪(た)えないような眼付をして、供の嘉助と一緒に、帰郷の旅に上った。
 翌年(あくるとし)の三月には、いよいよ三吉もこの長く住慣れた土地を離れて、東京の方へ引移ろうと思う人であった。種々(いろいろ)な困難は彼の前に横たわっていた。一方には学校を控えていたから、思うように仕事も進捗(はかど)らなかった。全く教師を辞(や)めて、専心労作するとしても、猶(なお)一年程は要(かか)る。彼は既に三人の女の児の親である。その間、妻子を養うだけのものは是非とも用意して掛らなければ成らなかった。
 とにかく、三吉は長い仕事を持って、山を下りようと決心した。
「オイ、洋服を出しとくれ」
 とある日、三吉は妻に言付けた。三吉はある一人の友達を訪ねようとした。引越の仕度をするよりも何よりも、先(ま)ず友達の助力を得たいと思ったのである。
 寒そうな馬車の喇叭(らっぱ)が停車場寄(ステーションより)の往来の方で起った。その日は三吉と同行を約束した人も有ったが、途中の激寒を懼(おそ)れて見合せた位である。三吉は外套(がいとう)の襟(えり)で耳を包んで、心配らしい眼付をしながら家を出た。白い鼻息をフウフウいわせるような馬が、客を乗せた車を引いて、坂道を上って来た。三吉はある町の角で待合せて乗った。
by adhrutjfh | 2006-03-04 13:22